額賀澪氏の同名小説を矢崎仁司監督が映画化した『沖晴くんの涙を殺して』で、8年ぶりの映画単独主演を務める広瀬アリス。彼女が演じるのは、末期がんを患い余命1年を宣告され、瀬戸内の故郷に戻ってきた音楽教師・踊場京香。幼少期の津波で「喜び」以外の感情を失った高校生・志津川沖晴(木戸大聖)と出会い、心を通わせていく切なくも温かい人生賛歌だ。難役に挑んだ広瀬は、役を通して自らの「生死観」が大きく揺さぶられたと明かす。悲劇のヒロインとしてではなく、日常の延長として死を見つめ、ネガティブな感情すらも前進へのパワーに変えていく。繊細な役作りの舞台裏から、共演・木戸大聖への深い信頼、そしてかつて経験した女優としての挫折と覚悟まで話を聞いた。(取材・撮影=村上順一)
言葉の重みと「死生観」の変化

――今作で先生役を演じるにあたり、かなり準備されたそうですね。
一番はピアノの練習です。これまでほとんど楽器に触れてこなかったので本当に苦労しました。撮影に入る2〜3カ月前から他の仕事の合間を縫って練習を始めたのですが、覚えることが多すぎて……。最初は「指に力を入れないってどういうこと!?」というレベルからのスタート。「パララパラ……無理ですね普通に」となりつつ(笑)、広島ロケに入ってからも数日に一度は練習を入れ、撮影当日もギリギリまでやっていました。指の動かし方の動画を撮ってもらって、感覚だけは途切れさせないよう必死でした。
――作品を通して生死観への変化はありましたか?
すごく変わりました。自分が余命宣告された役だと聞くと、最初は「かわいそうな子」というイメージを持ちますよね。でも台本を開いたら1ミリも悲劇のヒロインじゃなくて。死について話すときほど、まるで日常会話のように淡々と話しているんです。
それまで私が思っていた「死」は、重くて苦しくて涙が止まらないドラマチックなものでした。でも人って意外とあっけなく静かに死んでいって、亡くなった方の人生はそこで終わる。遺された人はつらいけれど、次の日には容赦なく普通の日常がやってくる。例えば「昼間は暑いから朝早く起きて犬の散歩をしなきゃ」みたいな生活が当たり前に続くわけです。そこに気づいてから、死に対する重苦しい感覚が変わりました。劇中に「死という子供を育てるんです」という印象的なセリフがあるのですが、演じていくうちに私の中の生死観が変わり、違和感のあったセリフが自然と身体に落ちていきました。
――役を通じてご自身の生き方にも影響はありましたか?
「自分の人生なんだから、もっと自己中に生きなきゃもったいない」と思うようになりました。今までは必死に働いて体調を崩すこともありましたが、もっと自分を大切に扱ってあげようと。今まではネガティブな感情に対して「こんなの無ければ31年間めちゃくちゃ幸せに暮らせたのに!」って何千回も思ってきたんです。でも、ジャンプする前って必ず膝を曲げて屈むじゃないですか。「あ、今は屈む時期なんだな」と受け入れられるようになりました。ネガティブな感情も悪いことじゃないと気づけたのは、この作品のおかげです。
一目惚れした共演者・木戸大聖の存在

――今回、このオファーを引き受けた一番の決め手は何だったのでしょうか?
一番の理由は、木戸(大聖)さんが出演されるからです! 正直、私は若い役者さんに詳しくないのですが、以前たまたまテレビで見た木戸さんのお芝居がすごく繊細で。「今の10秒、めっちゃ良かった! 誰だあの子!?」と強烈に印象に残っていたんです。
――広瀬さんより先に木戸さんの出演が決まっていたんですね。
はい。それなら「すごく安心してお芝居できる!」とお引き受けしました。現場での木戸さんは本当に頼もしくて、ずっと沖晴くんでいてくれました。実年齢は2歳しか変わらないのですが、しっかり劇中の年齢差や母性を感じることができました。過酷な暑さの中でのロケだったので、同志というか戦友のような関係になれました。私が主演という立場なのに、完全におんぶに抱っこ状態で本当に助けられました。
撮影裏話と「役者としての覚悟」

――撮影現場での印象的な出来事は?
沖晴くんが亡くなった動物を抱っこして歩くシーンです。エキストラとして現地の高校生のみなさんが参加してくれたのですが、アドリブで「うわー沖晴、気持ち悪い」とリアルなヤジを飛ばしてくれて。そのヤジが上手すぎて木戸さん、普通に傷ついていました(笑)。あと、2人で自転車に乗るシーンは「練習時間が必要だろう」と長めに時間が確保されていたのですが、木戸さんが後ろで上手にバランスを取ってくれたおかげで、たった2回で撮影が終わって時間が巻きました!
――逆に苦労されたシーンはどこですか?
初日に撮影した津波のシーンです。台本ではたった4行のト書きだったのですが、悪天候待ちで朝から夕方18時までかかりました。ロケ期間中、天気が崩れたのはその初日だけ。「試されているな」と思いましたが、私は過酷な現場ほど「やるぞー!」とスイッチが入るタイプなので逆に燃えました。
――本作では死を受け入れる覚悟が垣間見えますが、広瀬さんご自身が「役者として覚悟を決めた瞬間」はいつでしたか?
26〜27歳の時です。ある作品で監督から「楽な方を選ぶんですね」と言われ、24テイクも重なったことがあって。そのとき共演していたのが唐沢寿明さんだったのですが、悔しくて半泣きになりながら演じ切った後に大泣きしました。「何が正解かわからない」って。でも、悔しいと同時にその監督のことが大好きで「もっとご一緒したい、見返したい!」と思ったんです。唐沢さんには当時笑われましたけど(笑)、私、めちゃくちゃ負けず嫌いなんです。イラつきや悔しさをパワーに変えて生きていくタイプなので、あの経験が完全な起爆剤になりました。
――最後に、今作で演じた「京香」という役へのアプローチについて教えてください。
いつもは演じる人物のテーマカラーや「形」を決めて役を作り込んでいくのですが、京香は形がない「半透明」な存在で本当に難しかったです。だからあえて明確なキャラクターを作り込まず、力を抜いてリラックスした状態で演じました。会話シーンはまさに今インタビューでお話ししているようなナチュラルなテンションで、逆に無言でカメラを見つめるシーンでは目にぐっと光を入れる。今までとは違う意識で挑んだ、私にとっても大きな挑戦となった作品です。ぜひ劇場で観ていただけたら嬉しいです。
(おわり)
