俳優の蒔田彩珠が、現在上映中の実写映画『ルックバック』に出演。不登校の少女・京本役を演じ、反響を集めている。藤本タツキの原作コミックを名匠・是枝裕和監督が実写映画化した『ルックバック』が、『第83回ヴェネチア国際映画祭』コンペティション部門でワールドプレミアを迎えた。約1000人の観客が総立ちとなり、12分超にも及ぶスタンディングオベーションが鳴り響いた。『ルックバック』は、ノミネートしたコンペティション部門の賞に届かなかったが、批評家団体や文化団体、学生審査員などが独自に選ぶ独立賞「Cinema & Arts Awards」最優秀作品賞をはじめ5つの賞・表彰を獲得した。幼少期から多くの是枝作品に出演してきた彼女にとって、今回のヴェネチア体験は単なる映画祭への参加にとどまらない、俳優人生における大きな転換点となった。「自分がちゃんと俳優なんだ」——そう胸を張れるようになった彼女の心境の変化と、長年培われてきた是枝監督との絆に迫る。
是枝監督から手渡された一冊の漫画——15年の信頼が結実した『ルックバック』

蒔田彩珠と『ルックバック』の出会いは、数年前にさかのぼる。実写映画化の企画が具体化するよりも前、是枝裕和監督と出会ってから約15年という長い月日の中で、ふと監督から「この作品をやりたいと思っているんだ」と原作本を渡されたのがすべての始まりだった。コミックスを手渡してくれた監督は、「もしこの作品を撮れるときがきたら、京本を頼むよ」と密かに言葉を添えていたという。
劇中で蒔田が演じる京本は、引きこもりでありながら圧倒的な画力を持ち、主人公・藤野とともに漫画執筆にのめり込んでいく繊細な役柄だ。クランクインの約4カ月前からひたむきに漫画の練習を重ねて撮影に臨んだ蒔田は、「藤野と京本が壁にぶつかりながらも、好きなことのために前を向いて進んでいく姿に強く共感した」と振り返る。数々の作品で彼女の成長を見守ってきた是枝監督も、「安心して京本を任せられた」と全幅の信頼を寄せて現場へと送り出した。
映画を愛する街で芽生えた「俳優」としての矜持

今年9月、実写映画『ルックバック』チームはヴェネチアの地へ降り立った。当初、水上バスやボートで街を移動する幻想的なロケーションに「まるで旅行に来ているような感覚だった」と無邪気に語る蒔田。しかし、その気持ちが一変したのが、憧れ続けたレッドカーペットの舞台だった。
アシンメトリーなワンショルダーのロングドレスを身に纏い、凛とした佇まいで登場した蒔田。これまで毎年、画面越しに見つめていた是枝監督の隣に立ち、映画好きが集う異国の地で熱狂的な歓声に包まれた瞬間、彼女の中で明確な意識の変化が訪れる。
「ずっと監督が歩いている姿を見ていたので、一緒にあの場所を歩けたことが本当に嬉しかったです。街全体が映画を愛している空気を感じて……『あ、自分はちゃんと俳優なんだ』って、ようやく実感できて仲間入りできた気がしました」。映画祭という特別な場に立ち、現地の人々と映画への情熱を共有したことで、表現者としての誇りと責任感が静かに、そして確固たるものとして芽生えていった。
溢れた涙と、監督と交わした「頑張ったな私たち」

蒔田自身2回目の鑑賞となった公式上映では、子ども時代を演じたキャスト陣の健気な演技に感情移入したという。「子ども時代の藤野(七瀬ふうり)京本(岡田六花)が出会うシーン」が日本で観た初号試写の時とは、違う感情が表れ、思わず胸が熱くなったと話す。
やがて本編が終わり、場内が明るくなると、約1000人の観客から割れんばかりの拍手と12分を超えて続くスタンディングオベーションが沸き起こった。ラストシーンでは静まり返っていた客席のあちこちから鼻をすすり上げる音が聞こえ、言葉や文化の壁を超えて自分たちの想いが届いたことを実感した蒔田の目から、涙がこぼれ落ちた。「試写で観たときとは全く違う緊張感と熱量でした。上映が放つ空気感や熱狂に包まれて……『人生で一番感動した瞬間』になりました」。
鳴り止まない喝采の中、感極まった蒔田は是枝監督と固く握手を交わした。その瞬間、言葉には出さずとも「頑張ったな、私達」とお互いを称え合うような、温かく力強い絆を感じたという。
見た人の人生を変える作品を届けるために

ヴェネチアという世界最高峰の舞台を経て、次のフェーズに突入した蒔田彩珠。海外メディアからのカルチャーに関する鋭い質問に向き合った経験や、異国の観客と映画の喜びを分かち合った体験は、これからの彼女の背中を強く押し続けるはずだ。
「俳優をやっていて一番喜びを感じるのは、誰かの人生を変えるような作品に参加できた時です」。
情熱を燃やして描いた1本の漫画が少女たちの運命を動かしたように、蒔田彩珠が魂を込めて演じた『ルックバック』もまた、世界中の観客の心に深く刻み込まれていく。
